『フリーズする脳 思考が止まる、言葉に詰まる』 築山節 著 No.005

目次

健康な脳を保つために

築山節の『フリーズする脳』は、脳神経外科医として多くの患者を診てきた著者が、人間の脳が「ボケるようにできている」という前提から出発し、いかにしてその衰えを防ぎ、健康な脳を保つかを具体的に示した一冊です。刊行から二十年経った今でも、インターネット依存や情報過多にさらされる現代人にとって、きわめて示唆的な内容を持っています。

本書の中心的なテーマは「フリーズ」という現象です。これは、当たり前にできると思っていたことが突然できなくなる、もどかしい状態を指します。著者は、この段階で気づき、脳の使い方を改めれば、より深刻な認知症的な症状に進行するのを防げると説いています。つまり「フリーズ」は脳の危険信号であり、健康な脳を保つための出発点といえるでしょう。

脳は怠け者である

築山氏は、脳は骨や筋肉と同じように「使わなければ衰える」と強調しています。しかも脳は本質的に怠け者であり、苦手なことを避け、楽な方向へと流れやすい。最初は「忙しいからやらない」と思っていたことも、やらなくなると苦手になり、さらに避けるようになり、ついにはできなくなると。この悪循環の先に「ボケ」がある。健康な脳を保つには、この怠け癖に抗い、意識的に脳を使う機会を確保することが欠かせません。

前頭葉の役割

本書が特に重視するのは前頭葉の機能です。理解、思考、感情の抑制、行動の選択と計画―これら高次脳機能の中枢を担うのが前頭葉です。前頭葉が十分に働いている人は、状況を冷静に分析し、的確な行動を素早く決められます。逆に機能が低下すると、会話で「あれ」「それ」と指示語が増えたり、予定を立てられなくなったり、細部に固執して全体を見失ったりします。健康な脳を保つためには、前頭葉をいかに鍛え、バランスよく働かせるかが鍵となるのです。

環境が脳をつくる

著者が繰り返すもう一つの確信は「脳は環境によってつくられる」ということです。パソコンやスマートフォン、カーナビなど便利な道具が、私たちの脳の働きを代行してしまいます。すると自分で考え、記憶し、判断する機会が減り、脳は急速に衰えていきます。健康な脳を保つには、環境に流されず、意識的に「自分の脳を使う」場面を増やす必要があるのです。

実践的な提案

本書の魅力は、抽象的な警告にとどまらず、具体的な生活習慣の提案をしている点にあります。例えば、

  • 散歩:目を前後左右に動かし、遠近の焦点を意識することで脳を活性化する
  • 音読:新聞のコラムなどを理解しながら声に出すことで、入力・処理・出力の全過程を鍛える
  • 片付けや手順のメモ化:作業を計画し、順序立てて実行することが前頭葉の訓練になる
  • ラジオを聴いて要点をメモする:視覚に頼らず聴覚情報を処理することで、記憶力と集中力を養う

これらは特別なトレーニングではなく、日常生活の中で誰でも取り入れられる習慣です。著者は「健康な脳を保つことは、生活の原点を整えることだ」と言います。早起きして歩く、片づけをする、音読する―シンプルだが継続することで脳の若さを維持できるのです。

感情系とのバランス

脳の健康を考える上で見逃せないのが感情系との関係です。強い感情刺激を受けると、前頭葉の働きが抑えられ、思考が真っ白になる。結婚式のスピーチで緊張して言葉が出なくなるのはその典型なんだとか。著者は、感情系という「動物」をなだめることが重要だと説いています。植物を育てたり、動物と触れ合ったり、ジョギングやカラオケで発散したりすることが、感情系を安定させ、前頭葉の力を引き出すのです。健康な脳とは、思考系と感情系のバランスが取れた脳であるといえます。

インターネット時代への警鐘

本書が刊行された2005年当時、インターネットはすでに生活に浸透していたが、スマートフォン普及前(iPhoneの日本発売は2008年7月)でした。それでも著者は「インターネット依存が記憶力を低下させる」と鋭く指摘しています。知識を「覚えるもの」ではなく「その場で消費するもの」と捉える風潮が、思い出す力を奪い、創造力をも蝕む。健康な脳を保つには、便利さを享受しつつも、あえて思考を粘り強く働かせる場面を確保することが不可欠です。これはスマートフォンが常時接続となった現代において、ますます切実な課題ではないでしょうか。

まとめ

『フリーズする脳』は、単なる「脳トレ」本ではありません。脳の仕組みを医学的に解説しつつ、生活習慣の改善を通じて「健康な脳を保つ」ための根本的な考え方を提示しています。著者は「脳は環境によってつくられる」と繰り返すが、それは人間が社会的存在であることを意味します。孤独や単調な生活は脳を衰えさせ、複数の活動や人との関わりが脳を若く保つ。健康な脳とは、社会との接点を持ち続ける脳なのです。

本書を読むと、脳の健康は特別な訓練ではなく、日常の小さな習慣の積み重ねにあることがよく分かります。散歩、音読、片づけ、ラジオ―どれも簡単だが、継続すれば確実に脳を鍛えられるでしょう。逆に、便利さに流され、思考を放棄すれば、脳は容易に「フリーズ」してしまう。著者の警告は、現代人にとってますます切実なものとなっています。

健康な脳を保つために必要なのは、環境に流されず、自分の脳を意識的に使うこと。そして感情系を癒し、前頭葉を鍛え、社会との接点を持ち続けること。本書はそのための具体的な方法を示し、読者に「自分の脳をどう使うか」という根本的な問いを投げかけます。二十年を経てもなお色褪せない、脳の健康指南書といえるでしょう。

身につけたい考えや行い

経験から確信していることが二つあります。
一つは「脳はボケるようにできている」ということ。
人間の脳は正しく使い続ければ、何歳になっても、かなりの若々しさを保つことは可能だ。
骨や筋肉と同じように、脳も使わなければ衰えます。
もう一つ断言できると思うのは「脳は環境によってつくられている」ということ。
環境の中に脳をボケさせる要因があり、本人がそれを補う努力をしていなければ、人は簡単にボケます。

当たり前にできると思っていることが、できない瞬間。あのもどかしい状態を本書では「フリーズ」と呼びます。
「フリーズする脳」という段階で気がついて、脳の使い方を改めていけば、より深刻なボケになっていくのを防ぐことができます。その発見と改善の方法を示していくのが本書のテーマです。

脳というのは基本的に怠け者であり、楽をしたがるようにできています(脳の原始的な機能である感情や本能がそれを求めます)。そのため、あることが苦手になり、それをやらなくて済むようになると、無意識的にその活動を日常生活の中から排除していってしまうことがある。そうすると、訓練の機会が減って、ますますそのことができなくなります。

ボケの原則というのは、自分の脳を使っていない、もしくは使い方のバランスが悪いことが原因になる、また、その自分でしなくなっている「何か」を誰かが補ってしまっている場合が多いということです。その「誰か」は人ではなく、パソコン、インターネット、携帯電話、カーナビなどの道具であるのかも知れません。

最初は忙しいからやらないつもりでいても、いつの間にか苦手になり、苦手になるとますますやらなくなり、やらなくなるとできなくなるという、その悪循環の先にあるのが、じつはボケ症状です。

「理解する」「考えをまとめる」「相手の思考や感情を読む」「感情を抑える」、またそれらを総合して「自分の行動を決める」「それを意識的・計画的に行う」というのが、いわゆる高次脳機能の働きであり、その中枢を担っているのは「前頭葉」と呼ばれる領域です。
進化の過程上、人間になってから飛躍的に発達した領域で、前述のような高度な活動すべてに関係する、人間を人間たらしめている脳と言っていいでしょう。

視覚野や聴覚野など感覚野から入力された情報は、頭頂葉、側頭葉、後頭葉を介して前頭葉に集められます。前頭葉はその情報を処理する。より具体的に言えば、選択・判断・系列化という過程を通して、記憶、思考、感情のコントロールに大きな影響を与えます。その機能が高い人ほど、状況を冷静に分析し、的確な行動をより速く決めることができるようになる。分かりやすく言えば、話を組み立てるのも、手順を考えるのも上手くなります。

前頭葉の機能が低下すると、次のようなことが起こりやすくなってきます。
・会話の中に「あれ」「それ」などの指示語が多くなる
・慣れない相手に言いたいことを上手く伝えられなくなる
・同じ相手に、同じ話や冗談を繰り返し言うことが多くなる
・みんなが笑っているときにタイミングよく笑えなくなる
・予定を立てるのが苦手になり、時間を上手く使えなくなる
・物をよくなくすようになる。紛失物を上手く探せなくなる
・全体を考えることが苦手になり、細部に固執しがちになる
・融通が利かなくなる。流行や時事的なことに疎くなる

記憶を引き出しやすくする方法は大きく分けて三つある。
まず一つ目は繰り返し思い出すこと。
二つ目はファイル化すること。「マジック7」と呼ばれる現象(人間が一時に記憶できる言葉や数字などの要素は、多い人で七つ、少ない人で三つ、五±二が標準的と言われていて、それ以上はどうしても忘れてしまう)があるように、私たちが単純に覚えられることは意外なほど少ないものです。
三つ目は、記憶を引き出すときの“手がかり”を増やすことです。
記憶を引き出しやすくするには、このどれかをしておくことが非常に重要で、逆に言えば、どれもしていなければ思い出せなくなって当然です。私たちの脳は、見た情報、聞いた情報がすべてとりあえず記憶されるようにできています(覚えたつもりもないようなことが、ふとした拍子に出てきたりするのはそのためです)。ところが、高次脳機能を使って引き出せるようにしておかないと、必要なときにパッと引き出すことができないのです。

頑固になったということは、基本的に感情的になりやすい、何か変化を振られたとき、冷静に考えないで「NO!」となってしまう状態だと考えられます。これは新しく組み立てていくことが面倒になっている、前頭葉の機能が低下していることそのものだと言えるかも知れません。

大事なのは(同年代の他人とではなく)以前の自分と比べて、何ができなくなっているのかを常に気にかけ、それを補おうとしていくことです。

フリーズしたということは、そのとき脳が、何かをするべき仕事をしなかったということです。それをどこかで補わないと、その分は思考ゼロのまま終わってしまう。その思考ゼロが積み重なっていくと、いろいろなことがますますできなくなっていきます。

私たちがいつの間にかしなくなっているのは、たいていの場合ごく当たり前のことであり、そのしなくなっている「何か」を直接的に補っていくことが、症状の改善につながるのです。何でもかんでも音読や計算ドリルでよくなるというのは、私は疑わしい気がします。

結局のところ、脳の若さというのは、思考系を使って解決しなければならない問題や、興味があること、新鮮に感じることをいくつ持っているかということだと思います。それをたくさん持っている人の脳は何歳になっても若いし、それを失ってしまっている人の脳は、若くても老いている。逆に言えば、その量の差でしかありません。それを回復させていくことが、フリーズする脳になっているすべての人に、基本的に必要なことだと思います。

脳、特に前頭葉には、レーダーの中枢のような役割があります。それが十分に機能しているときには、周囲の変化に敏感になるし、その変化への対応がまた脳を活性化させる。

目を動かせない、言葉を話せない環境に強制的に置いておいたら、その人はボケてしまう。

「目の焦点が動かなくなる」「度々意識が低下したような状態になる」というのは、一つには鬱病の症状である可能性がある。

覚えておいていただきたいのは、一度脳をそういう(パソコンの画面に長時間集中した)状態にしたら、必ず時間をかけて戻しておかなければいけないということです。たとえは「パソコンを一時間したら十五分はお休みしなさい」とよく言われますが、これは目だけの問題ではなく、脳機能を維持するために必要なことです。合計で十時間も集中していたのなら、最低でも二時間半は、目をよく動かし、周囲の情報をバランスよく捉えようとする活動をしておく必要がある。

そういう活動というのは、散歩するだけでもかまいません。なるべく屋外に出て、ダイナミックに目を動かしましょう。前後左右斜めに動かすだけでなく、意識して目のフォーカス機能を使うことが大切です。遠くのビル群を眺めたり、近くの植物をじっくり観察したりする。

会話というのは、入力、情報処理、出力のすべての面で脳をよく使う活動。

働き盛りの人がボケていくときに多いのは、何もしていないような場合ではなく、何か一つのことをやりすぎている場合です。

ひたすらPCに向かうような環境に置かれている人には、次の三つのことをお願いするようにしています。
一つは「生活の原点をつくって下さい」ということです。
もう一つは、早起きした時間を利用して、必ず一時間は歩いて下さいということです。歩くというのは、全身の筋肉をバランスよく使うことでもあります。それは脳がバランスをとっているということです(ペンフィールドの局在図)。
さらに、歩くということは目の動きを確保することでもあります。

それからもう一つは、新聞のコラムなどを音読して下さいということです。
音読なら一人でできますし、会話とは違った効果も期待できます。ただ何となく読むのではなく、内容をよく理解し、人に聞かせるようなつもりで読むともっといいです。すぐにやめてしまうのではなく、短くとも10分は続けましょう。

散歩と音読というのが、システムエンジニアやプログラマーの人たちをはじめ、パソコンを長時間使っている人たちに有効な活動です。

夜更かしをすれば、時差ボケの状態になりやすくなります。時差ボケの状態になると、脳のパフォーマンスが全体的に低下している時間が増えるので、物忘れもしやすくなる。

私たちはインターネットをあまりにも便利に使うことによって、日常生活の中で、知識を得るまでのプロセスに多様性や複雑さをなくし、思い出す手がかりのない記憶をどんどん増やしてしまっているようなところがないでしょうか。そのために「知っている気がするけど思い出せない」ということが増えた。要するに物忘れをする。多くの人が、インターネットを使うようになってから物忘れがひどくなったように感じていることの背景には、そういう面もあると思います。

思考をコーディネートしながら粘り強く思い出す努力を、私たちはインターネットを使うようになってから、劇的にしなくなっていないでしょうか?

「知識は覚えるものだ」という意識が希薄になり、「その場で消費するものだ」という意識がより強くなっている。その覚えるという部分を人類共通の外部記憶装置であるかのようなインターネットが代行している。そういう時代になっているのではないでしょうか。

記憶力が低下している人が、インターネットを使えば情報が調べられるからといって、面白いアイデアがどんどん湧いてくる、創造的なお仕事ができるということもあり得ません(最近、クリエイティブな能力がなくなってきたと感じている人は、おそらくそれ以前に記憶力が低下しています)。

知のあり方の変化を理解して、それにうまく対応していく。インターネットの普及によって便利になったところは享受しながら、依存しすぎることなく、一方では脳機能を使う機会も意識して補っていく。そういう自己管理が求められている時代だと思います。

私の個人的なことを言えば、習慣で、朝起きるとまず部屋の片づけをします。病院に来ても、まず身のまわりのものの整理をする。財団の理事長、病院の院長ともなると、なくしては困るものだらけになってくるので、常に何がどこにあるのかを把握しておかないと安心できないということもありますが、それだけではありません。そうすることが、高次脳機能を維持する基礎的なトレーニングになることが分かっているからです。また、同じ理由で、家でも職場でも、雑多な仕事を見つけては、作業の手順を考え、メモに書き留めてから実行するようにしています。こういう習慣を持つことは脳にとってとてもいいことです。

やる気というのは、脳の領域で言えば大脳辺縁系の問題で、ここに障害が起こると、高次脳機能が全体的に低下します。意志的・計画的に行動する力が落ちて、何をするのも反射的・受け身的になってしまう。また、思考系に対して感情系が優位になりやすくなるので、依存症も起こりやすくなる。

ネットサーフィンをしている間、高次脳機能を使う場面がない。

目標を持つことが大切です。(中略)目標を持って人生を少しずつ変えていく。その中で直面する問題を、自分の脳を使って一つずつ解決していく。やる気を失い、反射的・受身的な生活になっている人には、それが根本的に必要なことです。

思い出す力を回復させる具体的なトレーニングを一つ挙げておくと、ラジオを聴くというのがいいと思います。そのときにただ何となく聴くのではなく、内容を理解しながら聴いて、その要点をメモしておく(ネット依存的な生活を送っている人たちだけでなく、現代人の多くは、情報の入力を視覚に頼りすぎているので、視覚が遮断された状態で聴覚から情報を取ろうとしてみると、あまりにも聞き取れなくて驚く場合があると思います)。

パーティーのような、みんながワイワイ話している状況でも、誰か一人の話を聞こうとしたとき、そこに注意を集中させられる。そういう能力を「カクテルパーティー効果」と言います。

聞き分ける力を訓練するには、最初から整理された環境ではなく、注意して聞き耳を立てなければならないような環境が必要です。

「聞き取れない」「聞き分けられない」という症状を改善させるには、新聞のコラムの書き写しと音読、それから中に出てきた単語をできるだけたくさん思い出すという訓練を続けてもらうといいと思います。
もちろん、そのときに、ただ書き写したり読んだりするだけではダメで、内容を理解して、風景を思い浮かべながらそれをすることが大切です。

カクテルパーティー効果を十分に使えるようにするには、雑多な話し声が飛び交っている中で一人の話を聞き取ろうとする機会を増やすしかありません。

人の話を聞いているときにぼんやりとしてしまうという現象を引き起こす要因の一つとして、言語体系が違いすぎるということがあります。

脳には、心臓から拍出される全血液の約十五パーセントもが送られ、脳神経の活動に必要な酸素とブドウ糖が供給されています。この血流に問題が起こると、さまざまな脳機能の低下が生じてくるということが当然あり得る。

「フリーズする」という現象は、偏った脳の使い方を続けた結果としてではなく、器質的な障害の結果として起こることもあるということです。

てんかんというのは、ごく簡単に言えば、脳内で起こる漏電のような現象です。脳内では、無数の神経細胞がネットワークを張り巡らせ、その回路を電気信号が駆け巡ることによって情報伝達が行われています。てんかんの患者さんの場合、問題のある神経回路に過剰な電流が流れたときに、あたかも漏電してブレーカーが落ちるようなことが起こる。

極端なことを言えば、最初からクリエイティブな人間などいないのかも知れません。環境がその人にいつの間にかさまざまな訓練をさせ、お仕事ができる脳の状態をつくっている。

アイデアというのは、要するに情報の組み合わせです。それを上手く組み合わせるには、前頭葉の選択・判断・系列化の機能が必要ですが、それ以前に、自分が普段どんな情報と接しているかということもの重要になってきます。

極端にシンプルな生活を送っている人から面白いアイデアが生まれるとは考えにくいです。

個々人が自ら動いて接している情報というのは、その人にしか得られないものです。それをベースとなる情報と組み合わせていくから、他の人には思いつかない変化が生まれる。極端なことを言えば、アイデアを出すときに重要なのは、ゴミをいかに多く拾っているかということではないでしょうか。誰もが注目するような情報ではなく、本業からすると一見無価値に見える情報をたくさん拾っておいて、アイデアを求められたときにパッと組み合わせてみる。発想の豊かな人は、そういうことをやっているのだと思います。

脳には「基本回転数」とでも呼ぶべきものがあります。単純に頭の回転の速さと解釈していただいてもかまいませんが、この基本回転数を決めているのは、基本的に本人の意思ではなく環境です。環境に忙しさがないと、基本回転数は上がらないと私は考えています。

脳に力を発揮させるには、止まっていてはダメで、環境の中に忙しさがあり、それにあわせて、ある程度忙しく動き続けていなければいけない。

夜型の生活を続けているなら、ちゃんと朝起きる生活に戻すことも大切です。

「仕事ができなくなった」「クリエイティブな才能がなくなった」と感じている人が、元の状態に戻っていくまでの過程はもどかしいものでしょう。自分の脳なので、考え方一つで元に戻せそうな気がしますが、そうはいかない。野球にたとえて言えば、「こうやって投げればいい」ということは分かっているのに、いろいろな筋力が衰えているために思うように投げられない。それと似た状態になっているはずですから、時間をかけて訓練し直すしかありません。そのためには、まずそういう状態になっていることを自覚し、自分で治していく心構えを持つことが大切です。そうしないと、どうしていいのか分からなくなり、迷走を続けてしまいます。逆に言えば、その心構えと方向性さえしっかり持っていれば、たいていの人はよくなっていくものだということを、私は多くの患者さんを診てきて感じています

前頭葉の選択・判断・系列化の機能が低下すると、長い話を組み立てることが苦手になり、全体が見えなくなってきます。その代償として、偏執的に細部にこだわるようになることがある。

細部にこだわるあまり、生産的な判断ができなくなっていく場合もあります。

クリエイティブな能力を失うときの一つのパターンは、大まかさをなくすときです。

さまざまな脳機能を低下させ、フリーズを引き起こす要因の一つとして、感情の問題があります。人間は強い感情的な刺激を受けると、当たり前にできるはずのこともできなくなる。これは感情系に脳のエネルギーが集中して思考系のエネルギーが落ち、また、感情が行動に影響するのを抑えるためにもエネルギーを割かなければならないからで、結婚式のスピーチなどで極度の緊張に晒されたとき、頭の中が真っ白になってしまうのもこのためです。
感情系は、大脳辺縁系(偏桃体や帯状回など)を中枢とする脳のより原始的な機能で、それが動揺すること自体を意志の力で止めることはできません。分かりやすく言えば、私たちは脳の中に意志とは無関係に動いてしまう動物を飼っているようなところがあります。その動物が、刺激を受けて暴れたり、逃げ出したりしようとする。それを表に出さないよう抑えておく機能は前頭葉にあります。前頭葉の力が高ければ、感情が高ぶっても、それを行動に影響させずにいられる。逆に前頭葉の力が低いと、感情に動かされやすくなります。
しかし、この前頭葉の力が高い・低いというのは、あくまで相対的な問題で、前頭葉の力が低くても、感情系を強く刺激されなければ理性的でいられるはずです。逆に、前頭葉が鍛えられている人でも、その力を超えるほど感情系のエネルギーが大きくなってしまえば、コントロールしきれなくなります。それで感情を顕わにしたり、それを抑えるためにフリーズしたりしやすくなる。冷静だった人が別人のようになってしまうことがあります。

感情的になるということを、その場で受けた刺激だけで考えることはできません。脳は何か気になる問題があるときに、それを簡単に忘れて別の作業に集中することはできないので、日常的に多くの不安を抱えている人は、どうしても感情の堰が切れやすくなります。

感情系と前頭葉の力のバランスが崩れてしまっている人に必要なのは、無闇に前頭葉を鍛えることではなく、まず感情系という動物をなだめること。端的に言えば、自分をもっと積極的に癒すことです。動物を飼ったり、植物を育てたりするだけでもずいぶん違うでしょう。そういう癒しのものを家の中に置くことによって、本人だけでなく、子どもの感情系も安定してくるかも知れません。
また、感情系のエネルギーをどこかで発散させておくことも大切です。発散させないから、それを持ち越してしまうわけで、ジョギングをしたり、カラオケで熱唱したりということをすれば、むしろ感情系のエネルギーを持続させることの方が難しくなります。

感情系の刺激を思考系の問題に置き換えて解決していくことも重要です。感情系という動物がもっとも興奮するのは、飼い主である思考系が解決してくれそうもない大きな問題に直面したときで、そのときには怯えて逃げ出そうとします。しかし、本当に思考系で処理し得ない問題というのは、そうあるものではありません。たいていの場合は、処理せずに放置している問題が積もり積もって、大きな問題のように感じているだけです。

感情の発生源を分解し、思考系の問題として解決しようとする姿勢を持つことが大事なのです。そういう姿勢を持つことができれば、感情系の興奮は静まっていきます。

なかなか難しいことですが、長い目で見たときには、本当に腹を割って話し合える相手を持つということが、感情を上手くコントロールしていく上で不可欠です。

感情系と前頭葉の力のバランスが崩れてしまっている人にいちばんお勧めできないのは、フリーズする場面から逃げるということです。「初対面の人ばかりに囲まれているのが怖くなっているのなら、そういう場に出るのをやめたらいいじゃないですか」と。そういう方向に仕向ければ、一時的には楽になるに決まっています(そうすることがやむを得ない場合もあります)が、一度そうやって感情系の要求に従って逃げてしまうと、どんどん活動が小さくなっていくものです。訓練の機会を失って、感情を抑えながら思考系を働かせる力がますます落ちてしまい、より感情的に楽な場面でもフリーズするようになる。そこからも逃げたくなる。もっとできなくなる……。そういう経過を辿って社会から逃避し、ボケてしまうということがあります。

脳を上手く使うには、活動をある程度マルチにしておくことが必要です。仕事と趣味を両方熱心にやってきた人が、仕事を辞めて趣味に専念できる環境をつくったら、その趣味に以前ほど魅力を感じなくなってしまったということがあるように、活動をシンプルにすると、その方向に向かうベクトルがどんどん小さくなってしまうということが起こります。二つ以上のベクトルを持っていると、ある方向に向かう活動の中で受けた感情系の刺激が、別の方向に向かうやる気を増幅させて、そちらのベクトルで前に進むということが起こる。ところが、その片方をなくしてしまうと、やる気を維持するのが難しくなってしまいます。

感情系に動かされやすい人の特徴として、発想が極端から極端に走りやすいということがあります。快か不快か、好きか嫌いか、面白いか面白くないか。それだけで物事を決めてします。これに対して、思考系の力が強い人は中間を考えようとします。ここのところは面白くないが、ここのところは面白い。ここをこうしたらもっと面白くなるんじゃないか。そういう発想が出てきやすいのが、思考系の高い、前頭葉がよく機能している人です。

感情系に動かされることが絶対に悪いというわけではありません。人間が大きく成長していくときには、後から考えると軽率ともとれるような決断をしている場合がよくあります。

やる気を失い、基本回転数も落ちてしまったら、もう一日十時間も勉強を続けるのは難しいでしょう。無理矢理続けようとしても、上の空になってしまい、勉強をしても頭に入らなくなってきます。理解する力も考える力も記憶を引き出す力も落ちてしまう。そのうちに意志的・計画的に行動する力が決定的に弱くなってしまい、一日中「好きな音楽を聴いたり、本を読んだり」して過ごすという、感情系の奴隷のような人になっていきます。
じつはこれは、人がボケていくときの典型的なパターンです。まず、何らかの事情で自分を回転させる環境を失う。それで本当に何もすることがなかったら、人は退屈に耐えられなくなって動き始めるものですが、下手にやることがあるために、そこで止まってしまう(これは定年退職後にボケていく人の場合でも同じで、まったくすることがない人より一つだけ気になることがある人の方が危ないと私は考えています)。そういうときにもう一つ人を動かすのは孤独ですが、今はインターネットでそれが紛らわせやすいので、社会から離れていても、耐えきれなくなるほどの孤独を感じることが起こりにくいのかも知れません。

現代のような変化の激しい時代には、誰でも思考系を働かせて目の前の問題を一つずつ解決していくことから逃げたくなるし、効率を求めすぎる社会の中で、強制的に脳の使い方を偏らされているようなところもあります。それでも私たちは、歯車でい続けなければいけない。人間は社会的な生き物であり、脳は環境によってつくられるものだからです。
その中で自らをボケさせないためには、活動をある程度マルチにし、また、脳の使い方をこまめにチェックしていくことが必要です。自己満足的な環境をつくり、裸の王様になってしまっていないか。いつの間にか何かをしなくなり、低下させている脳機能はないか。フリーズという現象に注目しておくと、そのことに気づきやすくなるはずです。

現代人に必要なのは、「フリーズしない脳」を目指すことではなく、フリーズする脳になっていることに気づいたとき、こまめに脳の使い方を改めていくことだ。

「脳のことは分からない」とブラックボックスに入れてしまうのではなく、自分の脳を診て、管理していこうとする姿勢を持つことが大切です。あまり細かく考える必要はなく、「最近、思い出す努力をしていないから、もっとその脳機能を使うようにしよう」とか、「もっと意識して目を動かそう」とか、その程度でかまいません。要は、大まかな方向性として問題を捉えることが大切で、それを日常的にしていくと、毎日の生活がずっと楽になります。

目次

はじめに
第1章 不意に言葉に詰まる、物忘れをする
第2章 「まあいいや」が人をボケさせる
第3章 パソコンにカスタマイズされる脳
第4章 ネット依存と「思い出す力」の低下
第5章 人の話が聞き取れない、頭に入らない
第6章 血流の問題、脳を損傷している可能性
第7章 クリエイティブな能力を失うとき
第8章 「逃げたい心」が思考を止める
あとがきに代えて

あとがき

こちらは20年前の本。楽をしたがる脳、意志とは無関係に動いてしまう「感情系」をいかにコントロールするか、死ぬまで向き合っていかないといけない課題かも。社会的動物の人間としては。

紹介した本

書名『フリーズする脳 思考が止まる、言葉に詰まる』
著者築山節(つきやま・たかし)
出版社NHK出版
発売時期2005年11月
ISBN978-4-14-088163-7
税込価格726円
『フリーズする脳 思考が止まる、言葉に詰まる』
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